鈴木です。
股関節が痛くて、思い通りのプレーができない…」
「病院で検査しても『特に異常なし』でも、痛みは一向に引かない…」
スポーツされる方にとってはとてもストレスが溜まるシチュエーションかと思います
今回は簡単な症例報告とその考察です。
同じようなケースに遭遇した場合の参考になればと思います。
バドミントン選手が股間節痛で2か月プレーできていなかったものが、腰をターゲットにした鍼治療で痛みが半減してプレー復帰できた実例から、なぜよくなったのか?を考察しました。
明らかなケガをしたわけでもないのに、右の股関節前側に痛みを感じるようになり、練習も2ヶ月休まざるを得ないほどでした。整形外科では「股関節の骨の被りが少し浅いかもしれない」とは言われたものの、痛みの根本原因ははっきりしませんでした。※股間節に関しての理学所見はありますが今回は割愛します。
ところが、股間節周囲の施術を行ってきてほとんど変化が出ていなかったものが、腰への1回の鍼治療で股関節の痛みレベルが10段階中10だった痛みが半分の5まで軽減しました。
1つの可能性ですが「ダブルクラッシュシンドローム」という考え方が関係している可能性があります。
今日は、このダブルクラッシュシンドロームとは何か、そしてなぜ腰へのアプローチが股関節痛に効果的だったのかを、最近の医学的な知見も交えながら分かりやすく解説します!
目次
なぜ腰への鍼が股関節の痛みに効いたのか?「ダブルクラッシュ」
私たちの身体の神経は、まるで木の根や枝のように、中枢(脳や脊髄)から末端へと伸びています。今回のケースで、腰への鍼治療が股関節の痛みを和らげた主な理由として、以下の2つのポイントが考えられます。
1. 「神経」をたどる痛み:関連痛(かんれんつう)
股関節の前面や内側の感覚や動きを支配している神経の多くは、腰から走行が始まります。
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大腿神経(だいたいしんけい): 主に腰椎の2番目から4番目の高さ(L2-L4)から出て、太ももの前側や股関節の前側の感覚や運動、膝下内側の感覚に関与します。
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閉鎖神経(へいさしんけい): これも腰椎のL2-L4から出て、太ももの内側や股関節の内側の感覚や運動、膝関節の感覚に関わっています。
今回は、この腰椎の3番目(L3)や4番目(L4)の高さの神経をターゲットとした鍼治療をおこないました。
もし、腰のあたりでこれらの神経が何らかの理由で圧迫されたり、炎症を起こしたりすると、その神経が最終的に到達する股関節や太ももに「痛み」や「しびれ」として症状が現れることがあります。これを関連痛と呼びます。
つまり、股関節自体には大きな問題が見つからなくても、その神経の「出発点」である腰に問題が潜んでいると、関連痛として股関節に症状が出ることがあります。
2. ダブルクラッシュシンドロームの可能性
そして、今回のケースを考える上で1つの可能性として考えられるものが、**ダブルクラッシュシンドローム(以下DCS)**という概念です。
DCSとは、一本の神経が2ヶ所以上の場所で圧迫や障害を受けることで、より強い症状が現れたり、症状が出やすくなったりする状態を指します。まるで、ホースを2ヶ所で踏みつけると、水の流れがより悪くなるイメージです。
この理論は、1973年にUptonとMcComasによって提唱※1されて以来、様々な神経障害の病態解釈に応用されてきました。
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また、2022年の「Journal of Orthopaedic Surgery and Research」に掲載された研究では、腰椎疾患を持つ患者において、股関節周囲の痛みが腰椎由来である場合と、股関節自体の問題である場合、あるいはその両方が関与している場合(Hip-Spine Syndrome)があり、ダブルクラッシュの概念も考慮すべきであると指摘しています。※2
今回のバドミントン選手のケースに当てはめて考えてみましょう。
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まず、整形外科で「股関節の骨の被りが浅い」と指摘されています。これは、股関節の構造上、関節内の神経や組織が挟み込まれやすい(いわゆるFAI:大腿骨寛骨臼インピンジメントのような状態)可能性を示唆し、これが**1つ目の「クラッシュポイント」**となる可能性があります。
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例えば、軽い椎間板の問題や筋肉による圧迫なども原因の1つとなっていたかもしれません。※今回は結果論であり腰部のMRIでの診察はおこなっていないため、あくまで腰をターゲットにした治療で効果があった理由を考察した際の可能性です。これが**2つ目の「クラッシュポイント」**です。
このように、股関節周囲と腰部の両方で神経にストレスがかかっていた場合、どちらか一方だけでは症状が出にくくても、2つの問題が重なることで、はっきりとした股関節の痛みとして現れた可能性があります。
そして、腰のL3/L4レベルへの鍼治療が、この腰部の「クラッシュポイント」における神経への刺激を和らげたことで、神経全体の興奮性が低下し、結果として股関節で感じていた痛みが劇的に改善したのではないか、と推測できます。
3. 鍼治療による「痛みを抑える」効果
鍼治療そのものが持つ鎮痛効果も見逃せません。鍼で適切な刺激を神経に与えることで、
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痛みを脳に伝える神経の活動を抑制する。
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脳内で痛みを抑える物質(エンドルフィンなど)の放出を促す。
といった作用が期待できます。
今回のケースでは、腰の神経への鍼刺激が、これらのメカニズムを通じて、股関節で感じていた痛みの「ボリューム」を効果的に下げてくれたと考えられます。
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今回のケースから学んだこと
今回のことからDCSの可能性を頭に入れておくことで幹部を施術しても変化の出ない症状に対しての選択肢の幅が広がると思います。
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痛みの場所と原因の場所は必ずしも一致しない。
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複数の要因が絡み合って症状が出ている可能性がある(ダブルクラッシュの視点)。
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身体全体を包括的に評価し、根本的な原因にアプローチすることの重要性。
股関節の痛みが長引く場合、股関節だけを見るのではなく、その「元」である腰や、さらには身体全体まで視野を広げて原因を探る必要があります。
まとめ:その股関節の痛み、もしかしたら「ダブルクラッシュ」が隠れているかも?
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痛みがなかなか改善しない
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患部のレントゲンやMRIではっきりとした原因が見つからない
といった状況であれば、もしかするとDCSが関係しているかもしれません。
改善しない痛みがある場合には専門家に相談し、総合的な評価を受けてみることをお勧めします。
今回のように、視点を変えたアプローチが、惹かない痛みを改善する近道になるかもしれません。
参考文献
※1 The double crush in nerve-entrapment syndromes
※2 Hip-spine syndrome: a focus on the favorable prognostic role of standardized clinical assessment and a review of the literature